
小沢将志氏(2005年卒業・25期生)
株式会社 厚徳社 印刷部勤務
1.会社の紹介
厚徳社は新宿区上落合に(本社・営業部とデータ加工部)あり、刷版出力と印刷は埼玉県川越市的場工業団地にあります。5年ほど前に縁があって「印刷の標準化」を目指して入社し、品質保証部を立ち上げました。現在も奮闘中です。教科書・参考書を始め、いろいろな印刷物を作っています。
どこの印刷会社でも同じでしょうが、大幅なコストパフォーマンスとスピード短縮が求められる時代に入っていることを私も肌で感じています。
私が工場に赴任した時は、早く仕上げることに重点が置かれていました。そこで、ものづくりは品質が原点であることを理論と行動で示し続けました。現在はミス、クレームはゼロではありませんが、大きく改善されました。ようやく、JPAで学んだことを活かせる下地が整ったところだと感じています。
やはり、言葉だけでも、行動だけでもダメ。その両方ないと人は動きません。
2.JPAでの思い出
28歳で、今後の人生を模索していた時、縁あってJPAと出会いました。
私自身印刷会社の後継者ではなかったので、印刷を専門に学ぶ必要もなかったのですが、結果的には印刷業を超えて、「仕事とは何か」「仕事に強くなるには何を意識するべきか」を徹底的に考えることができ、私の人生にとって貴重な4年間となりました。
思い出は楽しかったことよりも、きつかったことのほうが印象に残っています。集団生活が苦手な私にとって合宿は地獄でした。しかも周りは私のひとまわり年下のヤンチャ盛り。しかし、苦手なことにあえて自ら飛び込むことで多少人間的に成長したかなと思っています。
また、先生方も学生にやる気さえあれば、学生扱いせず、社会人扱いで、努力と結果を求めてくる。そんな校風が私には斬新でした。しかし、先生方と何度も徹夜で原稿を仕上げたことは、良い思い出になっています。
3.JPAで学んだこと
今年の南アフリカのサッカーワールドカップは久しぶりに寝不足になるほど熱中しました。中でも感動したのはスペインのパスサッカーです。組織で勝つ戦法。JPAが当初より一番重視したのはこの点ではないでしょうか。しかし、大学を卒業して漠然と働いている時は、意外とこのことは意識しませんでした。
JPAでは人生経験も出身も学びに来た目的も違い、その上年齢差が18歳から30過ぎまでの学生が、同じグループで活動します。お互いに大変きついことでした。
しかし、「会社組織は、これと同じ環境であり、その中で組織として戦わなければならない」ということを知り、そのことを自然と意識して学ぶことができるようになりました。意識している人と、していない人では就職した時の仕事力に大きな差がでると思いました。
4、今後の抱負
「幸せ?」なことに印刷の現場ではまだやるべきこと(抑えなくてはならないこと)が山ほどあります。
印刷マンとしてやらなくてはならないことが見えてきた社員が増えているように感じています。
現在の厳しい市場要望の中で、確実に利益を出せる組織作りにJPA在学時に学んだ「CMSの理論と実験」を核に他の社員も巻き込みながら挑戦し続けたいと思います。