卒業生リレーインタビュー : 第2回 楠 流維 様

【第2回】
株式会社タイヨーパッケージ 代表取締役専務・事業本部長
楠 流維

写真(楠流維様)

JPA卒業後、名古屋にある印刷会社にて2年半の修行。アメリカへの留学を経て、帰国後に自社であるタイヨーパッケージで働き始める。総務部に配属され新卒採用・新人教育に注力。その後、営業企画課の課長として戦略立案に関わり始め、2013年に取締役となる。現在は事業本部長を務めながら、週末は大学院にてMBAを学んでいる。

JPAに入学したきっかけ

大学に通う為、富山県から東京に上京していた頃、幼少期からおぼろげに考えていた「事業承継」と、それ以外の道とで悩んでいました。結局、今の道を選んだのですが、授業も少なくなった大学4年生の時、当社の社長である父からの勧めで、当時4カ月の短期コースがあったJPAに入学する事になりました。

在学中の思い出

私は25期生で、同期は全国各地、海外からも来ていました。20名は居たと思います。入学して最初の2週間は印刷の基礎知識や、外部の工場見学などをしながら学び、毎日のように課せられるレポートに追われていました。皆は嫌だったみたいですが、私は好きでした。レポートに追われながらも、知識がギュッと詰め込まれて為に成りましたし、印刷技術について深く知る事が出来ました。ただ、当時は技術の話が中心で、経営についての授業は殆ど無く、その点は物足りなかったので、技術と経営のバランスがとれた今のカリキュラムの方が私は好きです。

修了後の歩みと現在の仕事内容

修了後は自社に入社しましたが、1週間で愛知県にある印刷会社へ出向になり、プリプレス、企画制作、営業を経験させて頂きました。所謂、丁稚奉公で、給与はありません。それを終えた後は休職し、コロンビア大学に留学する為に渡米しました。前期はきちんと大学に通いましたが、後期の学費でバックパック旅行へ。ヨーロッパを半周したところで資金が尽き、それから富山県の本社に復帰しました。

最初に配属されたのは総務部で、経理や庶務、人事を担当しましたが、当時は私と同世代の社員が少なく、平均年齢が高い自社の将来に不安を抱きました。その為、来る世代交代に備え、「自分のチーム」を作る為の採用や教育に力を入れました。その後、営業企画課の課長として、戦略立案や新社屋工場建設プロジェクトを担当。そんな中、会社のもっと大きな仕組みを作ったり、マネジメントしたり、そういう事を具現化していけるようなスキルを身につけたいと感じるようになり、管理職研修の外部講師の方に相談した結果、MBAと云う学問に出会えました。現在は週末だけ大学院生をやっています。

御社の概要、主力の事業

印刷紙器の製造販売、つまりパッケージ会社です。ドラックストアや医療機関で扱われる医薬品のパッケージが売上全体の70%を占めており、20%が食品菓子関係で、残り10%が紙文具と呼ばれるパズルや百人一首です。

創業当時は配置売薬さんが使用する進物、つまり販促グッズを販売するギフトショップだったようです。紙風船とか便箋とか。そこから配置薬の保管用の貼箱を作るようになり、贈答用のパッケージ、紙文具へと業態を変化させてきました。医薬品パッケージへの参入は今の3代目社長になってからです。

医薬品には法律がありますから、それをしっかり理解していないとパッケージデザインは出来ません。使ってはいけないコピー、表現してはいけない言葉もたくさんあるので、単純にマーケットリサーチをしたからといってデザイン出来るわけではないんです。メーカーの中にあるデザイン部門だからこそ培われたソフトなのでしょうね。

競合他社との違い、強み。

企業理念の中に「お客様に安心と楽しさを」という一文があり、ここに弊社の個性が出ていると思います。単なる製品と云う「ハード」の提供だけではなく、ソフトも同時に提供する事で、「ハート」をもお届けしようとする文化が、他社と大きく異なる点だと思います。この経営理念は私が入社して2年目に現社長が作ったもので、とても気に入っています。外部環境の変化に柔軟に対応し、技術の進歩とともに省けるものは省いて行きつつも、この経営理念やビジョンを大切に引き継いで行きたいと思っています。

卒業後、同級生や他のOBとのつながり+OB講座を引き受けた理由

現在は全くないです。東京に居たら繋がりはあるかもしれませんが、愛知県や米国、今は富山県と、周囲は私が何処に居るのか分からないでしょうし。同期は仲良かったんですけどね。韓国の印刷会社の後継者が居て、その会社見学に皆で行ったくらいです。でも、その後の交流はありません。

JPAのOB講座の講師をお受けするようになったのは、私の前に金羊社の新社長である浅野晋作さんがOB講座をやっていらっしゃって、学生と年齢の近い人が「ありのまま」で話すという環境に共感を覚えたからです。学生にとっては、講義をしているOBが5年後10年後の自分の姿だったりするでしょう。在校生は、卒業後の行動や悩みを教えてくれるだけで心強いですよ。私が学生の時にそういう人と話せたら、もっと違ったなと思いました。

猪股学校長になって一番変わったこと。

授業の立ち位置だと思いますが、それによって外部に露出している情報だとか、外部の人が感じ取るイメージが以前とは全く違う学校になった気がします。また、授業を通じて猪股学校長が目指しているのは「自分で考える」という事なんだと思います。経営者になったら全部自分で決断しなければなりませんから、そういう訓練をしようとされているのでしょうか。そんな新しい立ち位置が、私はとても好きです。

JPAならではの人材育成の強み。

「考え尽くす」という言葉に尽きると思います。色々な固定概念とか隠れた前提条件とかバイアスとか。それによって思考停止に陥るのではなく、フリーな状態で考え抜いて語り尽くして、最後に残っているものって割と真実に近いですよね。そんな真実を一回でも見つけられれば、考えるクセがつくと思うんです。これって凄く重要な事ではないでしょうか?

若手の社員に一番必要なこと。

ストレス耐性ですね。自分に舞い込んできたチャンスを活かしきるだけのストレス耐性。それに応じられずに逃げてしまうと、次はなかなか回って来ない。逃げずに飛び込んで行く覚悟を決めると云う部分がちょっと弱いですね。今はコミュニケーションの在り方も変わって来ていますけど、その中でもいち早く覚悟を決めた若い子が活躍すると思うんです。能力の差なんて微々たるものだと、私は思っています。

ご自身が学生だった頃との違い。

後継者は(私やここの学生に限らず)、自社を見た時に「変えなきゃ。このままじゃ駄目だ」と、まず感じるようです。不思議とこの感覚は共通している気がします。ただ私が学生だった当時よりも印刷業界の競争は激しく、私よりももっと危機感が強いと思います。印刷業界だけでなく、ビジネス全体が複雑で難しいものになって来た昨今、ちょっと頼りないだけで「ゆとり世代」だなんて言われて可哀想です。今の20代の方が、私の世代よりもずっと優秀ですよ。

入学を検討している方に向けてメッセージ。

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後継者として歩み始めた方は、色々と勉強したいと悩む時期が必ず来ます。そうなった時、自分で専門書を買っただけではなかなか続けられません。ある程度時間を拘束してくれ、語り合える仲間が居る環境に身を置く事は、心地良いことだと思いますので、大人になってから学校へ通うという選択肢はお勧めします。