卒業生リレーインタビュー : 第1回 春原 眞一 様

【第1回】
スノハラ事務所 代表 春原 眞一

写真(春原眞一様)

JPA卒業後、軽井沢町で父親が経営する印刷会社を継承。その後、包装資材会社の取締役として、下請から元請への事業転換を推進して業績を拡大。転職して軽井沢町役場・企画課都市デザイン室に勤務後、独立して「スノハラ事務所」を立ち上げ、経営コンサルティングおよび各種講師として活躍中。中小企業診断士、行政書士。現在JPAの講師も担当されています。

会社を探していたら、学校を紹介されて。

東京の大学の4年生時、東京での就職も考えていろいろ迷いましたが、最終的には、父親の印刷会社の状況が厳しくなってきたこともあり、実家に戻って後継者となることにしました。

印刷会社を継ぐための修業的な経験が積める就職先を探していたところ、ある印刷関連会社に紹介されたのが、JPA。なぜか会社ではなく学校だったのです。「えっ、また学校にいくのか!」と途惑いましたが、父親は乗り気になり、試験も兼ねて面接となりました。あの頃の私は印刷業界によいイメージを持てなかったのですが、当時のJPA学校長が「印刷人」という言葉を使って未来を語ってくれ、そこに勇気づけられ、この人と一緒に勉強してみようかなと思いました。「歳は歳だが、またちょっと大学に行ったつもりになって、2年間JPAにごやっかいになる」ことにしたのです。

JPAを卒業して、印刷会社を継いで。

何とかJPAを卒業し、父親の印刷会社に勤めて少し経つと、いわゆるバブル景気となり、軽井沢町という場所柄もあって不動産売買なども盛況で印刷受注も増え、会社の業績も回復しました。その意味では、運が良かったのでしょうか。地方だから、青年会議所などの団体活動も活発です。私も積極的に参加して街づくりのビジョンなどをつくったりしました。その時に一緒にやった先輩が町長選挙に立候補することになり、私も応援に回りましたが、落選の憂き目に。

いまから思えば、自社の業績回復も自分の実力とうぬぼれていたのかもしれませんが、そんなこんなで、もろもろ引きずった結果、本来の印刷業の方にも影響し、業績が悪化しました。そこで、新天地に転身を考えはじめた頃に、東松山市の包装資材会社を紹介され、実家の印刷会社もうまく後継者がつくれて事業継続のめどが立ったことから、転職することにしました。

この包装資材会社は、大手や中堅の印刷会社の下請けの印刷加工が中心でしたが、元請も目指そうということで私が担当となり、最終的には売上規模7~8億円まで伸長できました。しかし、下請部門の伸び悩みや利益率の高いメイン顧客を失ったことなどがあり、18年間在籍した会社でしたが、あえなく倒産のはめに。

大きな転換期から、経営コンサルティングへ。

当時すでに50歳を超えていたし、ちょうどリーマンショックと重なって、なかなか再就職は厳しい状況でした。一度は某印刷会社さんに勤めたのですが、うまくいきません。生活費も大変だから、ここは節約の意味もあって再び実家に帰ることにしました。すでに父親は亡くなり、母親の高齢化ということもありました。

軽井沢町に戻ったら、ちょうどまた町長選挙となり、先輩が再挑戦することになって私も応援し、今回はめでたく当選しました。そして、以前の街づくり活動の関係などもあって、縁あって町役場の企画都市デザイン室の臨時職員になりました。しかし、倒産時の失業体験から、何か資格を取るべきだとずっと考えていました。幸い定時に帰れる仕事でしたので、勉強時間はたっぷりあるので頑張って、中小企業診断士・行政書士の資格を得ました。

すでに役場では定年に近い年齢でしたが、独立するなら少しでも早い方がいいと辞職して、「スノハラ事務所」を立ち上げました。経営コンサルティング全般に対応する事務所ですが、やはり多いのは印刷関連企業であり、私の印刷会社の経営や営業などの経験が役立っています。

2015年からは、JPAの講師もさせていただいていますが、より実践的という意味で、ここでも経験は生きています。現在JPAでお教えしているのは経営学、会計学、問題解決学です。

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あらためてJPAでの2年間を振り返って。

私はJPAの3期生で、同期は40人ほどいました。よく一緒に学校のイベントをやりましたね。当時のリーダーたちとは現在もおつきあいがあって、時々飲みに行ったりしています。昔も今も一番リーダーとして頑張っている方が、日生印刷(株)代表取締役の日々野 信也さん(JPA理事、JPA同窓会の会長)。

在学中に楽しかったことといえば、やはりイベントを依頼されて、それ自体は大変で苦しむのですが、やり遂げた後の達成感が大きい!のんびり羽根を伸ばせるのがとくに楽しかったですね。

この自主性を大切にするJPAの方針=学生が自治組織的にマネジメントを実践することは、私の在学時の頃からはじまったものです。いまも盛んですが、内外で各種イベントが運営され、日常の授業に関してもかなり学生の自主性にまかせてもらえることは、とてもいい経験になります。

若い学生たちにとって規律・規範を維持することは難しいのですが、当時の私は年齢が上だったこともあってリーダーとして率先してやりました。それは、素養や専門知識が身に付くということより、「モノの考え方を全体的に学べる」ということだと思います。実際、私が包材資材会社で新規規事業を立ち上げた時は、このJPAでのリーダー体験が生きたと思っています。

現在のJPAの学生たちについて。

講師として接してみると、私たちの頃より、皆さん熱心にやっていますね。授業もあまり休みません。それは、学校全体も学生たちもモチベーションが上がっているからだと思います。その意味では、非常に好印象をもっています。

若い学生たちは頑張っているので、格別に言いたいことはありませんね。一般的な若者像ということも含めて、あえて言うなら、「次の目標・目的を持つ時に、地道さも必要だが、かなり大きくステップアップすることがあってもいい」と思います。そこが、いまの若い人たちは両極端に過ぎる感じがします。大きなステップアップを目指す人はもう少し地道さを把握し、地道に過ぎる人はもう少しステップアップを考える――ということも大切ではないでしょうか。

現在のJPAの学びの環境について。

かつてJPAは、印刷技術を学ぶのか?印刷会社マネジメントを学ぶのか?など、何のための学校なのかがあいまいな面もありました。それが、現在のJPAは、「後継者育成」が明確な目的となり、はっきりした体制になってきています。そして、変わるために新しい授業を展開されるなど、JPA全体を変えていくことを、学校長も含めて教職員の皆さんが熱く強い意志をもって強力に進めています。

その渦中に学生たちもいるということは、学生ひとり一人にもよい経験になる。変えていく前提としての「変えるという強い意志、リーダーシップ」が、JPAでの日々の中で感じることができるのです。いま印刷業界も個々の会社も、変えていくことが課題です。学生たちも、そういう部分を汲み取って、やがて卒業して自社で展開してもらえたらいいと思いますね。

私の在学時はなかった現在の授業に「自社の経営計画づくり」というのがあります。まず自社理解から始めるのですが、学生たちはあまり理解できない。そこを何とか考えていくことで、自社と向き合い、自社に対する理解が深まっていくプロセスがある……このシステムはいいですね。卒業して帰ってからでなく、学生のうちに自社のことを考えられるわけですから。

いまJPAの学生たちのモチベーションは大きく高まっています。もちろん技能や知識を学んで自ら話ができるようになる部分も大きいですが、卒業の時点でモチベーション高く巣立っていけるということが、重要なポイントです。自社に入るときに、それだけのモチベーションを持ってやれることにつながっていくのです。

JPA入学を検討される方へのメッセ―ジ。

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JPAは「後継者育成」という目的を明確にして、それに徹している学校です。業界として会社として変わらなければいけない時代にあって、そうした転換のスキルという部分を後継者の方に身に付けてもらうという意味で、他にない恵まれた後継者育成の環境下で過ごせることは大変いいことだと思います。繰り返しになりますが、私もJPAでの2年間が、その後の印刷会社の経営や事業開発に於いてとても有用でした。

これからの印刷関連会社さんのニーズに即応できる教育体制が、ここJPAにはあると思いますので、ぜひご利用いただきたいと願っています。